昨年10月に2回目の新型コロナワクチン接種をして、6ケ月が過ぎました。市から案内が来て、14日に3回目の接種を総合体育館ですることになりました。病気で治療入院が長引いたので、普通の高齢者より遅く新型コロナワクチン接種となりました。
ここ最近、コロナ感染者が増加傾向にあるため日常生活を気を付けています。特に人ごみの多い場所には出来る限り行かないようにしています。基礎疾病を持っているので、ほかの人より気を付けています。
昨年10月に2回目の新型コロナワクチン接種をして、6ケ月が過ぎました。市から案内が来て、14日に3回目の接種を総合体育館ですることになりました。病気で治療入院が長引いたので、普通の高齢者より遅く新型コロナワクチン接種となりました。
ここ最近、コロナ感染者が増加傾向にあるため日常生活を気を付けています。特に人ごみの多い場所には出来る限り行かないようにしています。基礎疾病を持っているので、ほかの人より気を付けています。
約40年前ぐらいに設置した風呂だけのソーラーが古くなった。以前は冬場も水を上げていたら、少しはお湯が出ていたが、ここ最近は冬場〔11月下旬~3月上旬〕は水を上げないようにしている。以前、タンクに上げていた水が凍って業者に修理したことがあった。それからは夏場だけの温水器になっていた。夏場になったら、熱くなり水をいれる。
このたび、朝日ソーラー㈱の営業マンが来訪し、何度が話し合いをする。納得いくソーラー設置になったので取り替えることにしました。現在、自宅裏側を急傾斜工事をしているので、大方、工事が終了した段階でソーラー取り換えをすることにしました。
30日、31日に続けて私にとって大きな出来事が起こり心が沈む。30日の朝、母が腹が痛いので朝食いらない。「病院に連れて行って」ということで家内が市内の掛かりつけの医院連れていく。点滴を2回し、昼過ぎまで掛かった。その後、自宅で休養していたが、夕方、母がまだ腹が痛いとのことで、朝行った医院まで行ったが、時間外でダメでした。そこで、当番院である大宮町の福田医院に乗せて行く。
診察する中で、「すぐに中央病院か済生会病院に行きなさい」と院長が言う。直行しなさいということで中央病院に慌てて連れていく。色々な検査をした結果、『胆のうが炎症を起こしている。緊急に手術しないといけない。腹膜炎を起こす可能性がある』という先生が言う。病院も執刀する先生、看護師などが緊急に呼び出され、午後10時から手術が始まった。
先生曰く『91歳高齢であり、手術にリスクがある。このままだと腹膜炎を起こし命も危ない』とも言われ心沈む。1時間近くで手術も無事終わり、取り出した胆のうも見せて貰い一安心。病院を出たのが0時過ぎでした。
また、31日夕方、同じ町内で親戚の私より4歳年下の友達が亡くなったという情報が入る。ここ数日前からあまり体調が良くないと聞いていた。若い頃、左官の仕事をしていた。アスベストを使って仕事をしていたと聞いている。その影響もあり、昨年春ごろから体を壊し、入退院を繰り返していた。
昨日から私の周囲で大きな出来事が続いたこともあり、心が沈んでいる。ショックがあり元気もない。母の胆のう摘出手術が突然起こり、さらに、市議選挙の時に大変お世話になり、私のために応援も人一倍して貰ったこともあり、今回の死は私の心を静めてしまった。
東有田地区新年会でサプライズで花束を頂いた。19日マリエールで開催された東有田地区新年会席上、いきなり、昨年11月3日に日田市功労者表彰で受賞した河内賢吾氏と同じ日に県自治功労者表彰を受けた私と井上明夫県議に花束が授与された。突然の花束贈呈であり、一言挨拶をと言われて『突然の花束贈呈で感激しています。昨年11月3日に県庁で広瀬知事より頂きました。これも市議7期28年間市議をしていたからです。皆さんから市議にさせて貰っていたからこそです。これからも地域振興のために微力ながら活動していきます。ありがとうございました』とお礼のあいさつ。予想もしていなかったので少し興奮気味で懇親会に臨みました。写真は次の日に自宅玄関で家内と写真撮りました。
謹賀新年
あけましておめでとうございます。
昨年中は色々な方に大変お世話になりました。市議を辞めて8年になります。11月3日に大分県自治功労者表彰を受けました。感謝に堪えません。これも市議7期をさせて貰ったお陰だと思っております。これからも体の続く限り、地域活性化のために微力ながら活動させて貰います。
今年は6回目の年男に当り、8月に満72歳を迎えます。自分なりの考え方などは60歳前後と思っていますが、それに伴う体が付いて行きません。米袋(30㌔)を持つのも重く感じるようになりました。朝起きると腰が痛かったり、歩くのも昔のような元気さは無くなっています。無理をせず、日頃の生活を過ごしています。
農業も隣の家の分(20㌃)を合わせて57㌃にお米を作り、畑も知人より借りて(7㌃)高菜を栽培し、自宅保管用以外は殆ど知人友人などに贈呈して喜ばれています。これも体を動かすために農作業をしていることもあります。夏の暑い日に草刈りをしたり、田んぼの消毒をしたり、毎日頑張っています。合わせて収穫の喜びを楽しんでいます。今年も立派な高菜が出来ています。2月下旬から取り始め、水洗い、天干し、塩で揉んで大きい桶に漬けていきます。
今年も相変わらずよろしくお願いいたします。
日田林工高校機械科1期生昭和41年卒業の同窓会が2月16日~17日に柳川市で開催された。日田在住の7人でマイクロバスで出発し、福岡空港に東京組・福岡近郊に住んでいる同窓生と合流し、柳川市に向かった。「柳川川下り」に乗船し、1時間半柳川の街並みを船から見学。夕方から久しぶりの15名が集まり、盛大に同窓会が開催された。高校生の時の想い出に話が弾み、夜遅くまで雑談が続いた。
17日は柳川近くの「第24回城島酒蔵びらき」が開催されているということで、その会場に出向く。西鉄電車も近くを通り、宣伝も行き届いているようで、福岡市近辺、久留米市などから沢山の方々が来ていた。8蔵元を中心にメイン会場には多くの食べ物テナントが出店し賑わいがあった。昼食を別会場でウナギを食べて同窓会が終了する。マイクロバスで福岡空港まで送った。楽しい同窓会でした。
日田林工高校機械科1期生の中で日田市内に在住している同級生が8人います。子供が小さい頃はミカン狩りしたり海水浴に行ったりして家族ぐるみの付き合いが続いています。ここ最近では東京での同窓会に全員参加したり、夫婦で年に3回ぐらい集まって近況報告などしている仲の良い同級生であります。『M8会』と名付けて卒業して50年間続いています。
毎年順番で幹事をつくり、会費を取ったり同級生のまとめ役をしている方から、会員のひとりが7月下旬に入院したと連絡があった。普通なら全員で見舞いに行くのが慣例ですが、今回は病気の情報で少し時間を待つとの連絡が8月2日にあった。ところが6日昼頃、幹事から連絡があり、同級生が急に亡くなったとの連絡があった。何故、頭の中が真っ白になった。8人の仲間の一人が亡くなり心が悲しい。急変したとのこと。
夜7時に同級生全員が集まり、自宅がある丸山町に悔みに行く。信じられないことが起きた。いつか来る死であるが早すぎる。奥様も現実が信じられない涙ぐんでいた。元気でした同級生の訃報に心が沈んでいます。
2日目同窓会は小型貸切りバスを借り上げて、東京見学と2日目の同窓会場の千葉県鴨川市小湊温泉に行く。皇居前広場、東京駅付近、両国国技館付近、アクアラインを走り、海ほたるで休憩、初めて通る道路でしたので感激。三井アウトレット木更津で昼食、その後は房総半島観光地を見学しながら宿泊地である鴨川市安房小湊温泉にあるホテル三日月に向かう。
ホテルで2日目の同窓会。高校の時、運動会などで行っていた機械科数え歌、校歌などを歌い、昔を想い出して懐かしい想い出語り合う。夜遅くまで雑談。団結力を誇る同級生はそのままでした。今だから言える高校の時の悪いことを思い出などを話す。学校をさぼって遊びに行ったこと、集団で隠れて悪いことをしたことなど話された。今では懐かしい話ばかり。