久しぶりの更新

数人の知人から電話。『病気しているの?』、『入院しているの?』などの電話あり。ブログの更新がないので心配しているという。『ブログを毎日拝見しているが、更新がないと何か起きているのか心配している。』などの電話あり。ありがたい電話である。市内には数人の個人ブログがあるが、辛口を言うブログは少ない。以前のように中には辛口を述べて欲しいとの電話もあり。

 

私の最近の行動を追ってみる。1月から来季の自治会長選考に没頭する。2月に次期自治会長も内定し一安心。来季自治会長に引き継ぐ案件の整理もしている。諸留町は自治会長は規約で最高4年の規定がある。他の自治会長から規約改正をするべきとの意見があるが、今のところ人材もいるので変える必要もないと判断している。自治会総代会(総会)を4月6日に予定しているのでその準備にもかかっている。

1年ぶりの再会 懐かしい同級生も・・・

中学同窓会28.2.13よろづや旅館

東有田中学校を昭和37年度に卒業した同窓会が開かれた。60歳を過ぎて毎年2月第2同曜日に開催することを決めている。中学校を卒業して、すでに53年が過ぎ、毎年楽しみな同窓会になっている。中学校卒業以来再会した同級生も参加され、懐かしい話も弾んだ。卒業した時は124名いたが、ここ53年で20人の同級生が死去されている。

 

同窓会には36名が出席し、和気あいあいの中で2時間が過ぎた。同窓会には遠くから東京、栃木、名古屋、大阪からも出席頂き感謝に堪えません。校歌も歌い、亡くなった同級生に黙とうしたり記念撮影したり、楽しい時間を過ごした。2次会にも殆どの皆さんが参加され、夜遅くまで雑談が続いた。

自治会長選任選考委員会立ち上げ

諸留町は規約の中で自治会長の任期は2期4年が限度とあります。現自治会長が今年3月で任期切れを迎えることで、2日に選考委員会が立ち上げられた。5集落から3名選出し、合計15名の選考委員で次期自治会長の選任にあたることになった。現自治会長もオブザーバーとして選考委員会に出席することになった。選考委員長は班長会長があたると規約で定めている。第1回選考委員会までに各集落で推薦する候補がいれば協議しておくとのことも定めている。

 

第1回選考委員会では各集落での推薦候補が発表されたが、誰も推薦する候補もいなかった。選考委員会で推薦候補を出しながら候補探しをすることになった。さらに、小委員会も設置された。候補が内定するまでは選考過程、協議事項などを外部に絶対漏らさないことも確認しあった。外部に漏らすことでまとまる話も壊れることがあるためである。今月中には新しい自治会長が内定することを確認する。正式には4月6日に予定されている自治会総代会で決定する。

羽田交流館の活用法探る 地区住民と九大生 

日田市羽田地区の住民と九州大学の学生らが3日間、地区の生活文化を調べる「地元学フィールドワーク」に取り組んだ。日田市羽田多目的交流館(河野充明館長)を拠点に同大教育学部の学生が2012年から毎年実施。今年4月から地元協議会が交流館の指定管理者となるため、運営主体の住民と学生が利活用方法を考えた。

 

交流館と九大教育学部社会教育方法論演習チーム(岡幸江同大大学院准教授)の共催。地域住民と「よそ者」の学生が一緒に調査をすることで地元を再発見し、まちづくりのきっかけを探るのが狙い。同大学生と地元住民ら計約25人が4班に分かれ、地区の共有林や御堂、各家庭などを訪問。古くから残る盆踊りや祭り、昔の農機具などについて聞き取り、写真を撮った。参加者は「共有林の景観の美しさは登山に生かせそう」「地域の祭りを守ることの大切さをあらためて感じた」などと話し合った。

 

2月2日午後7時から交流館で各班の調査内容を発表する。交流館と親交のある福岡市の東箱崎公民館で30日に開かれた地元学講座で紹介した。参加した同地区日の本町の秋好則行さん(66)は「元気な高齢者が多いことなどうれしい発見があった。自然の豊かさや美しさ、人の魅力を何らかの形で公民館運営に生かしたい」と話した。 ※この記事は、1月31日大分合同新聞朝刊に掲載されています。

天台密教の占星術刻む 高僧・豪潮の影響か 研究家「幕末に安定を祈願」

月出山岳記念碑 元に戻す作業25.4.16月出山岳記念碑①

毎日新聞報道によると・・・『日田市東有田の月出山岳(かんとうだけ)の一番坊主(678メートル)頂上にある仏塔が、天台密教の占星術「宿曜経」を極めた江戸後期の高僧、豪潮(ごうちょう)律師(1749〜1835年)の影響を受けたとみられることが、同市十二町の経営コンサルタント、別府武志さん(64)の研究で判明した。建立された1857(安政4)年は幕末の世情不安に包まれ、別府さんは「国の安定を祈願したのでは」とみる。

 

仏塔は月出山岳の3峰の一つ、一番坊主にある「二十八宿遥拝(ようはい)所」。月、北斗七星、太陽、南斗六星を示す碑文が彫られ、古代中国の星座などを示す「二十八宿星」や「九曜」も記している。建立年は「安政四年」とあり、安政の大獄や尊皇攘夷(じょうい)運動の激化が近づいた時期だ。仏塔に願をかけた願主は当時の地元の庄屋、佐藤久兵衛と大谷嘉作。地元に伝わる有田郷風土記には、仏塔について「彼岸の中日の夜、松明をともす。筑後国までその火が見える」(意訳)と記述があるが、詳しい起源は長年の謎だった。

 

宿曜経を研究し、自身も受戒得度している別府さんは、これが運勢や相性、時代のすう勢などを占う占星術の仏塔だとし、「日田、阿蘇、くじゅう、筑後国まで見渡せて、頭上に宇宙が広がるこの場所が最適とされたのではないか」と推測。さらに「宿曜経は門外不出といわれており、碑文があるのは驚き。全国で仏塔を建立した豪潮の影響だろう」と話す。

 

肥後(当時の熊本県)出身の豪潮は、比叡山延暦寺で異例の出世を遂げて帰郷した。全国で「宝篋(ほうきょう)印塔」など仏塔の建立に努め、羅漢寺や英彦山など大小8万4000基に上るという。中国密教も踏まえた教えは、当時の朝廷や大名だけでなく、各地の庶民からも慕われた。日田代官の招きなどで再三、日田を訪れ、儒学者・広瀬淡窓とも交遊している。』

東有田地区の振興を願って・・・

高倉治忠氏主催者挨拶原田市長井上明夫県議吉富産業社長県議3人と市長

「元気に出そう東有田」の合言葉に開催されています東有田地区新年会が16日小松軒で開かれた。平成24年7月に2回の豪雨で未曽有の被害を受けた東有田地区。「元気を出そう東有田」を合言葉に平成25年1月に第1回東有田地区新年会が開催され、多くの住民も参加され、お互いに励ましあいながら今日を迎えている。甚大な被害を受けた地区民が一致団結し、国、県、市の補助を受けながらようやく復旧も出来つつある。

 

有田川河川改修工事も一部を残し、殆ど改修が終わりつつある。こうした中、第4回目新年会が80名の出席で盛大に開かれた。東有田地区振興協議会、東有田自治会連絡協議会、東有田公民館運営協議会の共同主催で開かれた。高倉治忠振興協議会長が代表して主催者挨拶、来賓として原田市長、井上伸史県議、井上明夫県議、羽野武男県議が挨拶し、大塚副市長など来賓を紹介し祝宴に入った。

 

過疎が進む東有田地区の振興策、高齢者が増える東有田地区の振興策など和気藍の中で開かれた。余興として河内賢吾さんによる相撲甚句、吉富今日子さんによる民謡など多彩な出し物もあった。9町内の自治会役員、福祉関係の役員、農林業関係の役員などが出席されていた。最後にこれから先将来の東有田地区の振興を願って万歳、日田式で打ち込みがあった。

86名が参加 自治会主催歩こう会

いざ出発①ゆっくり歩く②ゆっくり歩く③ウッド平島公園付近歩こう会記念撮影28.1.3

今年で24回目を迎えた諸留町自治会主催「新春歩こう会」が3日に開催された。1歳~85歳住民86名が参加された。3日朝は例年になく暖かく、午前9時半過ぎから集合場所の東有田公民館広場に多くの町民が集まった。午前10時から開式を行い、私から「変わりゆく諸留町を見ながらゆっくり歩いて下さい」と挨拶。担当役員からコースの説明、注意事項などが行われスタートする。子供さんや高齢者の方もいるので、ゆっくり歩き始めた。町内一周4kmを1時間半掛けてゆっくり歩き、町内の風景を見ながら歩く。歩き終えて東有田公民館に帰り付くと暖かい甘酒が待っていた。心の芯から温もる。抽選会も行なわれた。

霜月祭り(甘酒祭り)・・・

霜月まつり27.11.29

毎年11月最後の日曜日に霜月祭りいわゆる甘酒まつりが開かれた。平島地区内を半分に分け、一つが座元になり、一方がお客さんになり、来年は逆なり、毎年その繰り返して祭りを継続している。座元になった班(14軒)は朝8時に天神様に集まり、7個のしめ縄を作る。10時半ごろから大原八幡宮宮司による神事も行われる。それが終わった頃にもう一方の班の皆さんがお参りに来る。

 

その後は公民館で定例常会と霜月まつり(甘酒祭り)が開かれる。有田小学校付近にある天神様境内には平島古墳もあり、記念樹にもなっているムキの木がある。樹齢500年近く経っていると言う。こうした祭りは末永く続けて行きたいものです。

土地収用法の規定に基づいた説明会が・・・

豪雨24.7.3 039豪雨24.7.3 032豪雨24.7.3 056豪雨24.7.3 085

今月18日に西日本新聞大分版・大分合同新聞に有田川改修工事の説明会があると載っていた。平成24年7月3日と10日に北部九州豪雨で有田川が氾濫し、114世帯が床上まで水に浸かり、大きな被害を受けた。国・県が有田川本村橋上流4.1kmの河川改修をすることになり、平成25年度から工事がすでに始まっている。この事業は平成28年度(平成29年3月)で工事が完成することになっている。

 

殆どの改修工事も最終段階に来ているが、1ケ所で事業が進んでいない場所があり、頭を抱えている。大分県がこの事業の重要性を再確認するとともに、地権者に理解を求めている。県は工事を進めるために、段階を踏んで工事を進めることになった。最初にこの事業説明会となり、その説明会が今夜県総合庁舎4階会議室で開催された。この説明会は土地収用法第15条の14の規定に基づく事業説明会にも該当しますので、用地買収が出来ていない両端の関係者も出席していた。

 

説明会は30分足らずで終わった。地元関係者も多く出席され、改めて事業の説明を聞いた。川幅が広くなるために田んぼの用地買収に協力願うものである。今後あらゆる手続きが行われていくものと思われる。円満に解決することを望みたい。